2013年01月07日

飲茶が考える理想の議論のやり方(3)

前回記事:理想の議論のやり方(2)

47 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-11 00:01:05
王国の終焉(王国はいつ終わるのか?)について

まだ議論されてない箇所(芽だけがあって、
これから枝がのびる余地があるところ)は
「あとで議論するマーク」により一目瞭然である。

王と騎士は、このマークを目安にして
「まだ枝がのばせるところ」を
延々とのばし続けていくわけだが……。

終わらない王国は存在しない
どんな王国にもいつしか終わりは訪れる

永遠に続くかと思われるその議論も、
いつしか終わりをむかえるときがくるだろう。

ではどうなると、議論は終わるのか?

完璧な結論が出たので満場一致で議論が終わった
というハッピーエンドケースを除くなら、
だいたい、次の2ケースだろう。

48 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-11 17:53:34
<議論が終わるケース1>
枝をのばす気力がなくなった』のパターン

芽(あとで議論する)』として議事録wikiに記載したものの
誰もその芽を育てたいと思わない場合もあるだろう。

こういう場合、何も無理に枝をのばす必要はない。
「あまりに枝葉すぎて興味がわかない」
「その領域についてまったく知らないから意見の言いようがない」
など理由はさまざまあろうが、
とにかく『やる気がない』のだから、素直にやめてしまえば良い。

王は、みんなと相談の上、
あとで議論するマーク(ツボミのマーク)』を
後世に託すマーク(種のマーク)』に変更して、
枝の成長を打ち切ることができる。
(誰もやる気がないのだから、王に反対する人はいないだろう)

49 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-12 21:03:40
<議論が終わるケース2>
反論と擁護が出尽くしてグダグダになってきた』のパターン

「反論、反論の反論、反論の反論の反論……」
と順調に枝を延ばしていくと、
だいたいの場合、いつかネタ切れになる。

ようは、
「反論意見も擁護意見も、
 説得力のある強力なものがすべて出尽くしてしまい、
 これ以上、特に言うべきことがなくなる」
という状況だ。

つまり、そこが王を含む騎士全員の
成長限界点(ライジングリミットポイント、RLP、通称ループ)
である。

もし、この『成長(止揚)限界点』に突入しているにも関わらず、
無理やり枝をのばそうとするなら……、
間違いなく『グダグダ』な感じになって、
みっともない『枝ぶり』になっていくだろう。

50 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-12 22:33:31
たとえば、ある主張について
騎士のひとりがこんな反論を提示したとする。

その主張を支持する具体的な統計データが存在しない

もし、ここでその統計データの存在について、
参加者の誰も情報を持っていない』としたら、
これ以上、この反論について何も言う事はできないだろう。
無いものは無い』のだから『あーそうなんだ、無いんだね』で終わるだけの話である。

しかし、そこを無理やり反論を言ったとしたら……

「僕の経験では、こうだったよ」
「でも、それはあまりに個人的すぎるって反論がありそう」
「でも、一応、データではあるよね」
「だったら、私は、それと反対の経験を持っています」

といった『グダグダっとした感じ』の展開にならざるを得ない。

おそらく、まともな王であれば、
「うえー、これらを本当にタグにするの?
 せっかく綺麗に育ってたのに、台無しじゃん!
 ていうか、元の主張の反論になってないし!」
と思うことだろうし、
おそらく、当事者の騎士たちですらも、
「すみません、枝にするのは勘弁してください!
 晒し者は嫌です!」
と思うことだろう。

51 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-13 12:31:12
多くの場合、私たちは議論が変な方向に流れても、
なかなかそれを止めることができない。

特に、『対立図式』による掲示板の場合は、
(ようするに、従来の議論掲示板の場合は)
レスの応酬で議論が続いていくので、
そこそこまともな論者同士』であったとしても
こんな状況が起こりがちである。

1)レスを引用しあううちに、
 とんでもない方向に議論が転がりがち

@「相手」のレスAを引用して、レスBを返す。
A「自分」のレスBが引用され、レスCが返ってくる。
B「相手」のレスCを引用して、レスDを返す。

といった『引用形式』で、レスの応酬をしていると、
ものすごく自然な形』で、
ものすごく主題から遠い方向』に
論点がずれていってしまうことが多々ある。

52 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-13 13:38:34
2)レスを返さないと、論破された気分になるので、
 延々とレスを返してしまう

時系列表示の議論掲示板の場合、
最後の発言が目立ってしまう』ので、
私たちはどうしても、
反論しなかった人の負け(逃げ出した)
最後に反論した人の勝ち(論破した)
みたいな印象を持ってしまう。
その結果、
明らかに主題からずれていることがわかっていても、
延々とレスを返してしまうことが多々ある。

ようは、
言われっぱなしのまま終わるのは、なんだか悔しい!
という話だ。

結局のところ、お互いに
最後に自分がツッコミを入れた状態で終わりたい
と思っているのだから、
当事者同士でレスの応酬を『終えられるわけがない』。

「違います。こういう考え方も成り立つと思います」
「それは、この場合には成り立ちませんよ」
「それは、成り立たないケースをわざわざ考えたからそうなるだけです」
「では、成り立つケースの方が一般的という根拠を示してください」
「いえ、まずあなたが成り立たないケースについて根拠を示すべきです」
「いえいえ、説明責任の観点から、明らかにあなたが示すべきです」
「どうも説明責任の意味を理解していないようですね。そもそも……」

こうして、第三者から「いい加減にしなさい」と言われるまで、
グダグダの議論が続いてしまう。

53 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-13 15:38:13
しかしである。『王と騎士』形式の議論の場合、
議論の大樹』によって議論の流れが『図示化される』ことで、
グダグダっぷりそのもの』が物凄く『目立つ』ことになる。

ようは、

「なんでこんなことになっちゃったの?」
「明らかにぜんぜん違うこと話してるじゃん!」
あーこの人たちが、議論を台無しにしてるんだねー

という状況が『見た目』で一目瞭然になるのだ。

これははっきりいって、

恥ずかしいッッ!

54 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-13 19:29:29
私は、
この『恥ずかしさ』が、論者に冷静になるきっかけを与える
と期待している。

実際のところ、王から
「あの……これ本当にタグとして枝にしますか?」
と問われたら、そりゃあ冷静になって考えるだろう。
その枝の責任者として、整備しないといけないのだから。

・ノリや勢いや流れで反論した
・反論されたから反論した

ぐらいの話であれば、おそらく、
「すみません、枝葉の話ですので、タグ化は結構です。
 ていうか、しないでください」
と辞退することだろう。

こういうとき、王は、
「ここまではうまく成長できたよね」
と思える枝まで立ち戻り、仕切りなおしをすれば良い。

※ところで、こういうと
「恥ずかしく思わないヤツもいるだろ?いたらどうすんだよ!」
と反論したい人もいるかもしれない。
そのとおり、きっといるだろう。だが、本システムは
「絶対に恥ずかしく思うから、これで万事解決だ、完璧だ」
と盲目的な主張をしているわけではないことに注意しよう。
あくまでも「タグ化」という「ひと手間」をかけることで
「比較的、軽減される傾向が生じるだろう」と期待しているのである。

※また、タグ化するということは、必ず短いタイトルをつけることになるので、
議論の主題とマッチしているかどうかが一目でわかる。
たとえば、「アイデアXで原発をなくせるか?」というテーマの議事録で、
「○○君は、説明責任を理解していない」というタイトルのタグを
つけることは、まともな論者であれば「え?」って思うだろう。
(しかし、いわゆる普通の議論掲示板では、まともな論者でさえ、
主題と関係ないことについて
――たとえば、ある論者の議論の姿勢について――
延々とレスをつけてしまいがちである。
結局、システムとしては、
『まとも』な論者の暴走(脊髄反射的な不毛な反論の応酬)を
防ぐことに貢献できれば良いのである)

というわけで、とにかく、こういう泥沼の流れが起きたとき、
「タグ」として短いタイトルをつけることで、
「第三者に有益ではない、主題と関係ないことをこの人たちがやってます!」
と「一目」でわかることが大事だと考える。
なぜなら、結局、タグ機能により泥沼議論はどう転んでも、
第三者には有益だからだ。

ケース1)タグ化という手間と明確化によって、泥沼にブレーキがかかる。
 →ラッキー!
ケース2)ブレーキがかからず、泥沼の議論が延々とタグ化されていく
 →泥沼が「一目」でわかるので、第三者的には
 価値のない議論をしていると「一目」でわかってラッキー。
ケース3)ブレーキがかからず、タグ化もされない。
 →どうせ第三者はタグしかみないから、関係ない。ラッキー。

ようするに、最悪ケースで「当事者が恥ずかしい」と思わなくても、
「一見するだけで恥ずかしいとわかる大樹(議事録)」
が出来上がることは、とても有益なのだ。
「あー、こういうふうに議論がグダグダになるんだね」という
悪いお手本になるし、「こいつらロクな騎士じゃないな」と知ることができる。
いちいち長大なレスを読まなくても、それが把握できるのは、
従来のスレッド式掲示板と比べて、
単純に「コスパが良い!」と言えるだろう。

※ちなみに『王 VS 騎士』の構図でグダグダになるケースもありうるが、
この場合は、グダグダを成立させること自体が難しいだろう。
なぜなら、王は、他の騎士に
「こういう(グダグダの)反論を思いついたので、
 その反論の責任者になってくれませんか」
と依頼をしなければならないからだ。
そして、もし、王自身が大樹作り(議事録作り)を忘れ、
率先してグダグダ議論を繰り返すようなら……
当然、まともな騎士から順番に去っていき、
王国は滅亡することになる。

55 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-15 14:58:43
しかし、仕切りなおしをしても、
やっぱりうまく成長できない場合は、
やはり、そこが『僕たちの成長(止揚)限界点』、
ライジングリミットポイント、通称ループ
なのだろう。

この場合、王は、みんなと相談の上、
その枝に『議論終了マーク(お花のマーク)』を付与し、
意見を受け付けていた「抽象タグ」を受付停止にして、
その枝の成長を打ち止めにすることができる。

※ちなみに、一番良いのは、
枝の末端に『総論』という具象タグを作り、
これまでの議論を総括するような文面を記載して、
議論終了マーク(お花のマーク)』をつけることだ。
たぶん、見栄えが良いはず。
そして、一番、『自信のある議論ができた総論』のところに、
大きなお花のマーク』をつけるのだ。

56 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-15 21:03:21
フェスティバル(祝祭)について

さて、王と騎士たちで議論を尽くし、
すべての枝について成長する余地がなくなったところで、
(ここらが僕たちのライジングリミットポイントかなと思ったところで)
議論の大樹』の育成は終了となる。

最後に、王は騎士たちに向かって
「議論を終了しても良いか」を呼びかけ、
そして、そこで『一定数の賛同』が得られれば、
その王国は

フェスティバル

へと移行する。

57 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-16 01:32:22
フェスティバル(祝祭)』とは
「議論の大樹」を国外に発表するイベントである。

フェスティバル期間中は、
議論掲示板のアカウント取得者全員に、
「議論の大樹」が完成したことが大々的に周知される。

これにより多くの人々が、
完成した「議論の大樹」を観賞しにやってくることになるが、
このとき、彼ら観賞者たちから「拍手ボタン」により『拍手ポイント』を
もらうことができる。

(なお、ネット検索で偶然訪れた人など、
 アカウントを取得していない人も拍手可能とする)

その結果、たくさん拍手をもらった王国は、
王国ランキング』に記載され、
素晴らしい大樹を育てた国として、長く参照され、
千年王国』となる。

また、拍手のポイントは、王と騎士にも振り分けられ、
それぞれ
王ランキング
騎士ランキング
に記載されて、その手腕を称えられることになる。

58 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-16 12:49:11
以上までが、『王と騎士による議論方式』の主な説明である。

【まとめ】

・『王と騎士による議論方式』とは、
 ある前提の元で掲げられたひとつの議題に対して、
 その論理的構造(反論の構造、反論の可能性)を明らかにし、
 それを『議論の大樹(議事録)』として表現して、
 その『美しさ』をみんなで共有して『愛でる』ゲームである。

※美しさ(第三者が見ても反論の構造が綺麗に洗い出されたかどうか
すなわち、第三者にとっても有益かどうか)が評価のポイントであるから、
「王の個人的思想を強引に反映した大樹」よりも、
「中立の視点で都合の悪い反論もきちんと掲げた正直な大樹」
の方が評価が高くなるだろう。
たとえば、「アイデアXで原発を根絶したい!」
という議題ではじめた王がいて、

「すみません、残念ながら、こういう致命的な反論があり、
 それに対する反論を誰も思いつきませんでした」

という感じで議論を終わったとした場合……
我々は、その王を無能だと非難するだろうか?
いいや、むしろ逆だ!
我々はその王の「心意気」と
「論点をきちんと洗い出した客観性の溢れる優れた議事録」に
感謝と惜しみない拍手を送るだろう!

・『美しい大樹』を作った王と騎士は、伝説の英雄として称えられ、
 『拍手ポイント』をもらい、ランキングに記載される。

・『王のランキングが高い』とは、
 『議長やファシリテーターの能力が高い』ことを意味する。
 ランキングの高い王には、優秀な騎士が集まり、大樹の注目度も高まるだろう。
 ランキングを上げるためにも、王は、
 『第三者が見ても美しい大樹(有益な議事録)』を作ることを目指さなくてはならない。

・『騎士のランキングが高い』とは、
 『優れた論理性を持つ、万人に有益な論客である』ことを意味する。
 ランキングの高い騎士には、古代中国の『諸子百家』時代と同様に、
 王からたくさんの『スカウト(オファー)』がくるであろう。
 (なにせ有能な騎士がいないと、立派な大樹の育成は難しいのだから)
 ランキングを上げるためにも、騎士は、
 王に『自らの視点(他の人にはない考え方)』を提供し、大樹作りに貢献することを
 目指さなくてはならない。

59 名前: 飲茶 投稿日: 2012-12-17 11:00:06
基本的な説明は終了である。

以降は、まだ語っていない「機能」や「要所」について、
ざっくばらんに書いていこうと思う。

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